のあ368 クトナ・ホラ(修道服の山)♪

ランチをとったレストランの外に咲いていた可憐な花。頭上には小さな赤い実をたわわに実らせたリンゴの木がありました。
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さてここクトナ・ホラ、一見ボヘミアの片田舎の小さな町ですが、一時期中世のヨーロッパ経済に大きな影響をもったことがありました。
ここの銀山から産出する良質な銀を用いて鋳造された「プラハ・グロッシェン」という銀貨が、当時のヨーロッパの国際通貨として使われたのです。この銀貨は非常に純度が高かったため、信用のおける決済通貨として広く流通し、結果クトナ・ホラの町は盛んになって行ったわけです。

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修復中の聖バルバラ聖堂。建物のまわりを取り巻いている弓型の梁(はり)はフライングバットレスと言います。プラハの聖ヴィート聖堂とよく似ています。建てた人が同じなんですね。

中に入りましょう。ここはカメラOKです。
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美しい「王宮礼拝堂」
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天井の装飾はまるで花が咲いたようです。

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色鮮やかなステンドグラスの数々。
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柱になにやらあやしい人の姿が…
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ネズミ男みたいですが、実はこれ銀を掘る鉱夫の姿なんです。
クトナ・ホラはドイツ語ではクッテンベルク、ベルクは山、クッテンは「足まである長い修道服」を意味します。鉱夫たちの作業着が修道服に似ていることから名付けられました。
なんか作業しづらいように見えるのは私だけ??

「ゼレナ・ホラ」の5角形巡礼聖堂のところでも触れましたが、ここで産出された銀を2tも使っておなじみヤン・ネポムツキーのお墓が作られました。プラハの聖ヴィート聖堂にあります。
そんなに豊かだった銀も16世紀にはいると鉱脈が枯渇しはじめ、プラハに次ぐ第2の都市として栄えたクトナ・ホラも今は静かな田舎町(でも世界遺産!)となってしまったのでしたとさ。

by pleiad-subaru | 2011-12-20 21:05 | 2011 チェコ旅行♪